設計事務所に新卒で就職してから約1年が経った。実際に働いてみると学生の頃の設計課題と設計事務所での設計業務は、まるで内容が異なり、失敗と挫折を何度も経験した。それと同時に1年間での失敗は、今後の建築人生においてとても貴重な財産になった。そこで、この1年で学んだことを記事としてここに綴ってみようと思う。
設計者には世渡り術が必須
1つ目に、設計業を行っていく上では世渡り術が必須だということだ。処世術とも言える。具体的に言うと、コミュニケーション能力やユーモア、率先力、交渉力、提案力など、人間関係上の取引に関わる力のことである。僕は、ここに1番苦しんだし、今も苦しんでいる。
小さな設計事務所では、大企業のように営業マンが仕事を取ってきてくれる訳ではない。設計者が自分で仕事を獲得しにいかなければならない場面も多々ある。特に民間建築は、お施主さんから直接仕事を依頼してもらうか、知人を通じて事務所を紹介してもらうことにより、設計の仕事にありつける。相手から「この人に仕事を頼みたいな」と思ってもらわないと、そもそも設計をする機会すら与えられなかったりする。そこで冒頭で述べたようなコミュニケーション能力やユーモアといったソフトスキルや人間力が重要となる。
僕は学生の頃から人と会話することが得意ではなく、この1年間で、無意識の内に相手に配慮のない発言をして注意をされる場面も多かったし、人の顔色を窺って発注者や上司に自分の意見を伝えられず、受け身になってしまったりと、処世術の「処」の字も持ち合わせていなかった。
設計段階でも、設計者は事務所のメンバーや施主、自治体の発注担当者、設備・構造設計者、その他のデザイナーなど、非常に多くの人とコミュニケーションを取りながらプロジェクトを進めていかなればならない。打ち合わせの時は、施主の要望を丁寧に汲み取って理解しながらも、時にはクライアントの意見に異を唱えて、建築として良くなる方向を提案していかなければ、いいモノは作れない。
建築実務では、学生の時のように自分一人で業務全てを完遂させることは到底出来ない。プロジェクトを成功させるためには設計だけでなく、人とうまく付き合っていく力が必要不可欠なのだ。当たり前のことだけれど、これに気づけたのは大きかった。まだまだ未熟だけれど、少しずつ身につけて行きたいと思う。
常に新しいものを取り入れ、勉強する姿勢がないと淘汰されていく
設計事務所では、好奇心を持って常に新しいことを学び続ける勤勉さが重要となる。
アトリエ事務所内の技術革新は著しい。まるでベンチャー企業のように新しい技術を取り入れ、これまでにない建築を考案し、仕事の生産性を上げ、お客さんへのプレゼン方法をより分かりやすいものにしようと奮闘している。実際に僕の事務所でも、この1年で3Dプリンターやgrasshopper、ZEB計算ソフト、VRデバイスなど、多くの新しい技術を実験的に取り入れた。導入過程では、当然ながら操作の仕方を時間をかけて勉強しなければならず、頭には非常に大きな負荷がかかる。しかし、これを拒絶していれば技術革新も生まれないし、事務所としても生き残れないのだと思う。
また意匠設計者の取り扱う学問分野のレンジが幅広いことも勤勉さが求められる1つの理由だ。事務所内で進めている某保育所のプロジェクトでは、海外の先進的な保育哲学やその実践例を学びながら設計を進めている。保育論は、建築学とは分野が異なるけれど、その概念や考え方について建築に活かせる内容はとても多い。図書館やワイナリーを設計するにしても、本やワインの知識が必要となる。毎回新しいことに向き合っていかなければならない。まさに総合格闘技と言える。
またアトリエ事務所では、建売住宅のようなあらかじめ決まったものを作るのではなく、常識や既成概念を疑い、その場に合った建築や空間をその都度ゼロから考え、可能性を探っていくのが基本的なスタンスだ。したがって常に「これまでに経験したのないこと」と対峙し、真摯に勉強していく必要がある。これが2つ目に学んだことだった。
仕事よりも健康を優先しないと破綻する
最後に、仕事よりも健康を優先した方が、結果的に仕事が安定するという点である。設計事務所の業務は非常に忙しいため、時間に追われて、ついつい睡眠、運動、食事を後回しにしてしまいがちだ。設計業務は学生の設計課題や卒制・卒論とは違い、1年を通してずっと続く長距離マラソンのようなものだ。短期間の内に徹夜を繰り返していると、大抵体を壊してしまう。
僕自身、何回か体を壊して会社に迷惑をかけてしまった。今もたまに体を壊して、周りから心配されることが多い(汗)。設計事務所は、少ない人数でプロジェクトを回しているため、体を壊すことで全体に与える影響が大きい。「仕事>健康」から「健康>仕事」に考え方を切り替えないと、結果的に良い建築も作れないと学んだ。
余談だが、設計者に筋トレは必須だと思う。設計者は、いろいろな人から容赦無く怒られるし、非難の標的にもされやすい。長時間労働をしていなくても、短期的なストレスに耐えるための精神的なタフさがどうしても必要になる時がある。体を鍛えて、キツイ経験に対する免疫をつけておいておくことが、辛いことを乗り切る鍵だし、実際に僕も筋トレが精神安定剤になっている。
以上のことが、この1年で大きく学んだことだ。もちろん建築の知識やスキルもたくさん学んだけど、やはり基本的なマインドセットを学べたことが1年目の大きな財産となった。これを糧に2年目も良い建築を作ることに貢献していきたい。